「絶対に諦めない」が研究を変える|鬼滅の刃に学ぶ若手医師の生き方

鬼滅の刃に学ぶ「決して折れない心」
研究にとって大事なのは学力ではありません。断言します。
研究をしていると、
「自分には才能がない」
「もっと頭のいい人が研究をやるべきだ」
「英語が苦手だから無理だ」
「統計が分からない」
「論文を書いてもrejectされる」
「科研費が採択されない」
「学会で発表しても誰も評価してくれない」
そんなことを思う瞬間があります。
特に若い先生や診療放射線技師、医学物理士、学生はそうです。
周りを見ると、ものすごく頭のいい人がいる。
英語がペラペラの人がいる。
統計に詳しい人がいる。
論文を次々に書く人がいる。
海外の有名施設で研究している人がいる。
そして、自分と比較してしまう。
でも私は、研究を長くやってきて思います。
研究にとって本当に大切なのは、学力だけではありません。
むしろ、
「何かを成し遂げたい」という熱い思い。
これがものすごく重要です。
そして、そのことを非常に分かりやすく教えてくれる作品があります。
『鬼滅の刃』です。
鬼滅の刃の戦士たちは、最初から強かったわけではない
『鬼滅の刃』に登場する戦士たちを思い出してみてください。
主人公の竈門炭治郎。
我妻善逸。
嘴平伊之助。
そして柱たち。
彼らは最初から完璧な人間だったでしょうか。
もちろん違います。
炭治郎は、最初から圧倒的な才能を持っていたわけではありません。
何度も負ける。
何度も傷つく。
何度も限界になる。
それでも立ち上がる。
なぜでしょう。
守りたいものがあるからです。
家族。
仲間。
そして、
「鬼になった妹を人間に戻したい」
という強烈な目的があります。
だから倒れても立ち上がる。
これが、
研究にも必要な力です。
研究で一番強い人は「頭のいい人」ではない
私は研究を始めたばかりの若い先生に、
「研究者として成功するには何が必要ですか?」
と聞かれることがあります。
もちろん、
医学知識。
統計学。
英語。
論文を読む力。
プレゼンテーション能力。
プログラミング。
AI。
これらは重要です。
しかし、
それだけではありません。
むしろ最後に差がつくのは、
「この研究を絶対に形にしたい」
という気持ちです。
研究は、思った以上にうまくいきません。
症例が集まらない。
データが足りない。
解析しても有意差が出ない。
共同研究者から返事が来ない。
論文がrejectされる。
査読者から大量のコメントが来る。
科研費が落ちる。
また申請する。
また落ちる。
それでも続ける。
ここで、
研究をやめる人と、最後まで残る人
に分かれます。
「学力」だけでは最後まで戦えない
例えば、大学時代に成績が非常に優秀だった人が、必ず研究で成功するでしょうか。
そんなことはありません。
逆に、
学生時代にはそれほど目立たなかった人が、研究者として大きな仕事をすることもあります。
なぜでしょう。
研究には、
答えがないからです。
試験には正解があります。
100点を取れば終わりです。
しかし研究には、
「100点」
がありません。
昨日まで正しいと思われていたことが、明日には覆るかもしれない。
自分の仮説が間違っているかもしれない。
実験が失敗するかもしれない。
解析結果が期待と違うかもしれない。
それでも、
「では、なぜだ?」
と考える。
ここに研究の本質があります。
炭治郎から学ぶ「なぜ?」をやめない力
炭治郎の強さは、
「絶対に負けない」
ことだけではありません。
戦いの中で、
なぜ自分は負けたのか。
どうすれば勝てるのか。
を考え続けます。
これは研究者と同じです。
実験が失敗した。
↓
「なぜ?」
解析結果が予想と違った。
↓
「なぜ?」
論文がrejectされた。
↓
「なぜ?」
科研費が落ちた。
↓
「なぜ?」
患者さんのデータが集まらない。
↓
「なぜ?」
そして、
次はどうする?
と考える。
これを繰り返す。
研究とは、
「失敗しないこと」ではありません。
「失敗したあとに、もう一度考えること」
です。
善逸は「弱い」のではない
我妻善逸を思い出してください。
怖がる。
逃げる。
自信がない。
「自分なんて……」
と思っている。
研究者にもいます。
「自分は英語が苦手だから」
「自分は統計ができないから」
「自分には有名大学の学歴がないから」
「自分なんかが論文を書いても……」
でも、
それでも一歩進む。
これが大切です。
最初から自信満々である必要はありません。
怖くてもいい。
不安でもいい。
自分には無理だと思ってもいい。
それでも、
論文を1本読む。
データを1例入力する。
研究計画を書く。
指導者に相談する。
学会に抄録を出す。
この一歩が研究者を作ります。
伊之助から学ぶ「自分のやり方で戦う」
嘴平伊之助は、型にはまった人間ではありません。
独特です。
周囲と違います。
しかし、
自分の能力を最大限に使って戦う。
研究でも同じです。
誰かと同じ研究をする必要はありません。
有名施設と同じことをする必要もありません。
例えば、
「うちの施設では患者数が少ないから研究できない」
と思っている人がいるかもしれません。
でも、
患者数が少ないなら、
一人一人を深く追跡する。
MRIを詳しく撮る。
DWIを見る。
ADCを測定する。
治療前後の画像を比較する。
画像と臨床データを結びつける。
そうすれば、
大規模データベースとは違う研究ができます。
研究とは、
他人と同じ土俵で戦うことではありません。
自分の施設、自分の患者、自分の経験から、
「まだ誰も十分に答えていない疑問」
を見つけることです。
煉獄杏寿郎から学ぶ「自分の仕事に誇りを持つ」
そして、研究者として非常に重要なのが、
仕事への誇り
です。
煉獄杏寿郎は、自分の使命を非常に明確に持っています。
「自分は何のために戦うのか」
が明確です。
研究でも同じです。
「この論文を出したら評価される」
だけでは弱い。
もっと大きな目的が必要です。
例えば、
「胃癌の出血で苦しんでいる患者さんを減らしたい。」
「SBRT後の腫瘍が本当に生きているのか、早く知りたい。」
「MRIで治療効果を早期に判定できるようにしたい。」
「患者さんに無駄な検査をさせたくない。」
「放射線治療のworkflowをもっと良くしたい。」
こういう、
患者さんにつながる目的
がある研究は強い。
なぜなら、
研究が苦しくなったときに、
「なぜ、この研究をやっているのか」
を思い出せるからです。
研究には「鬼」がいる
研究者にも鬼がいます。
もちろん本物の鬼ではありません。
rejectです。
研究費不採択です。
症例不足です。
統計解析の失敗です。
共同研究者の離脱です。
データ欠損です。
査読者からの厳しいコメントです。
そして、
「この研究には新規性がありません」
という一言。
これは結構効きます。
心が折れます。
「もうやめようかな」
と思う。
でも、
ここで終わったら研究は終わりです。
もう一度立ち上がる。
査読コメントを読む。
研究デザインを見直す。
追加解析をする。
図を作り直す。
Introductionを書き直す。
Discussionを練り直す。
そして、
もう一度投稿する。
研究者とは、
鬼に何度も負けながら、それでも戦う人間
なのかもしれません。
研究で一番怖いのは「能力不足」ではない
私は、
研究で一番怖いのは、
「頭が悪いこと」
ではないと思います。
一番怖いのは、
諦めること
です。
統計が分からないなら勉強すればいい。
英語が苦手なら翻訳AIを使えばいい。
プログラミングができないならPythonを学べばいい。
AIが分からないなら使ってみればいい。
MRIが分からないなら勉強すればいい。
論文の書き方が分からないなら、良い論文を100本読む。
分からないことは、
後から学べます。
しかし、
「この研究をやりたい」
という気持ちがなくなれば、
研究は進みません。
だから私は、
研究にとって最も大事なのは学力ではない
と断言します。
「何かを成し遂げたい」という気持ちは、研究のエンジンになる
例えば、
「世界で初めて○○を証明したい。」
「この患者さんを救いたい。」
「自分の施設の治療をもっと良くしたい。」
「日本の放射線治療を変えたい。」
「海外の研究者と共同研究をしたい。」
「この技術を世界に発信したい。」
どんな理由でもいい。
その熱量が、
研究を動かすエンジン
になります。
最初は小さな研究でもいい。
症例10例でもいい。
20例でもいい。
後ろ向き研究でもいい。
まず、
「自分はこれを明らかにしたい」
という問いを持つ。
そこから研究が始まります。
「経験がないから無理」は違う
若手の先生から、
「まだ研究経験がないので……」
と言われることがあります。
でも、
研究経験がないから研究をしないのでは、
永遠に研究経験は増えません。
初めて抄録を書く。
初めて学会発表する。
初めて論文を書く。
初めて査読を受ける。
初めてrejectされる。
初めて科研費を申請する。
そして、
初めて採択される。
この繰り返しです。
最初から上手な人はいません。
炭治郎も最初から最強ではありません。
善逸も最初から自信があったわけではありません。
伊之助も最初から完成された戦士ではありません。
経験を積みながら強くなる。
研究者も同じです。
研究者に必要なのは「折れない心」
研究には、
才能が必要です。
知識も必要です。
努力も必要です。
しかし、
最後に残るのは、
折れない心
だと思います。
一度落ちた。
では、次。
一度rejectされた。
では、次の雑誌。
解析が失敗した。
では、もう一度。
症例が集まらない。
では、研究デザインを変える。
共同研究が進まない。
では、別の方法を考える。
そして、
絶対に完成させる。
これが研究者の強さです。
「夢」は研究計画書より先にある
科研費申請書を書くとき、
「背景」
「目的」
「方法」
「期待される成果」
を書きます。
しかし、
その前に必要なのは、
夢です。
「この研究で何を変えたいのか?」
「この研究が成功したら患者さんに何が起こるのか?」
「5年後、この研究がどうなっていてほしいのか?」
そこを考える。
その夢を、
研究計画書という言葉に変換する。
だから、強い研究計画書は、
文章が上手いだけではありません。
研究者の熱が伝わります。
「この人は本当にこれをやりたいんだな」
と審査員に感じてもらえる。
それが重要です。
「夢を語ること」は恥ずかしくない
医師になって、
大学院に入って、
論文を書いて、
学会に出て、
教授になって、
研究費を申請して。
そんな毎日を送っていると、
いつの間にか、
「研究をしなければならない」
という義務感になってしまいます。
でも、
研究は本来、
まだ誰も知らないことを知る仕事
です。
こんなに面白い仕事はありません。
「この患者さんのMRIはなぜこう変化したんだろう?」
「SBRT後のADCはどう変化するんだろう?」
「この治療効果をもっと早く判定できないだろうか?」
「AIを使えばもっと効率化できないか?」
「日本と海外で判断が違うのはなぜだろう?」
こういう、
「なぜ?」
から始まる。
それが研究です。
研究者は「未来を先に見る人」
研究の成果は、
すぐには出ないかもしれません。
論文になるまで数年かかる。
臨床に使われるまでさらに数年かかる。
ガイドラインに掲載されるまで、もっと時間がかかる。
だから、
今の評価だけを見てはいけません。
誰も注目していないテーマでも、
「これは10年後に重要になる」
と思ったらやる。
これが研究者です。
SBRT。
MRI。
DWI。
ADC。
Radiomics。
AI。
Adaptive RT。
これらも、
最初から現在のように当たり前だったわけではありません。
誰かが「これから重要になる」と信じて研究したから、今があります。
若い先生へ
もし今、
「自分には無理だ」
と思っているなら、
一つだけ覚えておいてください。
研究は、才能の勝負だけではありません。
英語が苦手でもいい。
統計が苦手でもいい。
論文を書いたことがなくてもいい。
有名大学でなくてもいい。
症例数が少なくてもいい。
まず、
「自分は何を明らかにしたいのか?」
を考えてください。
そして、
小さく始める。
1症例。
10症例。
20症例。
1つの学会発表。
1本の論文。
1つの科研費申請。
そこからでいい。
最後に、鬼滅の刃の戦士たちを思い出してほしい
炭治郎が戦った理由。
善逸が戦った理由。
伊之助が戦った理由。
煉獄が戦った理由。
柱たちが戦った理由。
そこには、
「かなえたい希望」
がありました。
だから、
傷ついても立ち上がる。
怖くても前へ進む。
自分より強い相手にも立ち向かう。
研究も同じです。
研究費に落ちてもいい。
論文をrejectされてもいい。
学会で発表しても誰にも質問されなくてもいい。
一度失敗してもいい。
大切なのは、
そこで終わらないこと。
「絶対にこの研究を形にする」
という気持ちを持つこと。
研究者にとって、
これほど強い武器はありません。
学力より「熱い心」
もちろん、勉強してください。
医学知識を身につけてください。
統計を勉強してください。
英語を勉強してください。
AIも使ってください。
プログラミングも必要なら学んでください。
しかし、
それらはすべて、
目的を実現するための武器
です。
武器をたくさん持っていることが強さではありません。
何のために戦うのか。
そこが重要です。
「この患者さんを救いたい。」
「この治療をもっと良くしたい。」
「この疑問を世界で初めて解決したい。」
「日本の医療を少しでも変えたい。」
その熱い思いがある人は強い。
なぜなら、
簡単には諦めないからです。
研究は「最後まで残った人」が勝つ
研究には、
長い時間がかかります。
だから、
最初から一番頭がいい人が最後に勝つとは限りません。
最初から一番英語ができる人が勝つとも限りません。
最初から一番論文を書ける人が勝つとも限りません。
最後まで、
「やる」と決めた人。
最後まで、
「なぜ?」を考え続けた人。
最後まで、
「患者さんのために」という目的を失わなかった人。
そういう人が、
最後に研究を完成させる。
もちろん、すべての夢が必ず実現するわけではありません。
研究には失敗もあります。
仮説が間違っていることもあります。
しかし、
挑戦し続けなければ、夢が実現する可能性はゼロです。
だから、
今日も一歩進む。
論文を1本読む。
データを1例入力する。
図を1枚作る。
英語を1ページ読む。
共同研究者にメールを送る。
科研費申請書を1段落書く。
それでいい。
その小さな一歩が、
いつか大きな研究になります。
まとめ
研究に必要なのは、
学力だけではありません。
知識だけでもありません。
英語力だけでもありません。
統計能力だけでもありません。
AIのスキルだけでもありません。
最も大切なのは、
「何かを成し遂げたい」という熱い思い。
そして、
決して折れない心。
鬼滅の刃の戦士たちが教えてくれるのは、
「強いから戦う」のではなく、
「守りたいもの、かなえたいものがあるから戦える」
ということです。
研究も同じです。
「論文を書かなければならない」では弱い。
「科研費を取らなければならない」でも弱い。
その先にある、
「この研究で何を変えたいのか?」
を持つ。
それが研究者を動かします。
これまでの経験がどうであれ、
今まで論文を書いたことがなくても、
科研費に落ち続けていても、
英語が苦手でも、
統計が苦手でも、
まだ間に合います。
熱い心があるなら、研究は始められます。
そして、
一度倒れてもいい。
二度倒れてもいい。
何度でも立ち上がればいい。
研究という長い戦いで、本当に強いのは、
最後まで諦めなかった人です。
鬼と戦った戦士たちを思い出してください。
彼らには、
かなえたい希望があった。
だから、戦えた。
研究者にも、
かなえたい夢が必要です。
その夢が、
あなたを次の論文へ。
次の学会へ。
次の科研費へ。
そして、
まだ誰も知らない未来へ連れていってくれるはずです。
装置ではなく戦略。
workflowがすべて。
そして研究も、
最後は人間。
知識ではなく、
「何としても成し遂げたい」という心が、最後の一歩を生み出す。
理論と臨床は違う。
研究もまた、教科書には載っていない。
最後は人間。


