これからの日本のがん医療――増える患者、進化する治療

「日本人の2人に1人ががんになる」――この言葉を耳にする機会が増えました。
確かに、がんは特別な病気ではなくなりつつあります。
しかしその背景には、高齢化と医療の進歩が同時に進む複雑な構造があります。
これからの日本では、がん患者がどのように推移し、治療はどう変化していくのでしょうか。
最新の統計をもとに、わかりやすく解説していきます。
■ 患者数は「増えているようで、高止まり」
国立がん研究センターによると、2021年の日本の新規がん罹患数は約99万人。
2024年には約98万人前後と推定され、今後は2040年にかけて約105万人で高止まりすると予測されています。
つまり、がん患者が「爆発的に増える」わけではなく、高齢化の波に伴ってじわりと増え続ける構造です。
世界的に見ると、WHO(世界保健機関)傘下のIARCによると、
世界の新規がん患者数は2022年で約2,000万人、2050年には3,500万人を超える見込み。
日本だけでなく、世界中で「がんは長く付き合う病気」になりつつあるのです。
■ がんの種類にも変化がある
日本では、男女ともに多いがんは大腸・肺・胃・前立腺・乳がんです。
胃がんは減少傾向ですが、大腸がんと前立腺がん、乳がんは増加中。
これは生活習慣や食の欧米化が背景にあります。
一方で、検診や早期発見の精度が上がったことで、治療成績は確実に向上しています。
5年生存率は全がん平均で約64%に達し、20年前に比べて大きく改善しています。
■ 放射線治療:短く・正確に・やさしく
近年、がん治療の中で最も変化が大きいのが放射線治療です。
最新のデータによると、日本では年間約7万件が放射線治療を受けています。
装置や技術が進化し、より短期間で正確にがんを狙うことが可能になりました。
たとえば、
- IMRT(強度変調放射線治療):正常組織を避けて腫瘍だけを集中照射
- IGRT(画像誘導放射線治療):毎回の照射位置をミリ単位で補正
- SBRT(定位照射):肺や肝臓などのがんに数回の短期治療
これらの技術によって、通院期間が短く、負担が少ない治療が主流になりつつあります。
また、高齢者や手術が難しい患者にも適応が広がり、
「放射線で治す」「痛みを和らげる」両面での役割が拡大しています。
今後はAIによる照射計画支援や、**粒子線・BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)**の進展も期待されます。
「副作用を抑えて、より効果的に」――放射線治療はまさに精密医療の代表格になっていくでしょう。
■ 手術:より小さく、より安全に
外科治療はここ10年で劇的に変わりました。
開腹手術から腹腔鏡・ロボット支援手術が主流となり、
傷が小さく、回復が早い低侵襲手術が当たり前になっています。
国の政策としても、がん手術の集約化が進められています。
つまり、症例数の多い“高ボリュームセンター”に手術を集中させることで、
安全性と成功率を高める取り組みです。
また、手術前後に放射線治療や化学療法を組み合わせる「周術期治療」も一般化し、
がんの再発を防ぐ戦略的な治療へと進化しています。
■ 化学療法:副作用が少なく、個別化が進む
昔の抗がん剤は「がん細胞も正常細胞も攻撃してしまう」ものでした。
しかし今は、分子標的薬・免疫チェックポイント阻害薬が登場し、
がんの性質(遺伝子やたんぱく質の異常)に応じてピンポイントで治療できるようになりました。
さらに近年注目されているのが、
抗体薬物複合体(ADC)やCAR-T療法といった「次世代型抗がん薬」。
これらは正常細胞への影響を抑えながら、がん細胞だけを狙い撃ちします。
また、遺伝子検査やバイオマーカーに基づいて薬を選ぶ「プレシジョン医療」も定着しつつあります。
つまり、化学療法は副作用との闘いから、個別最適化の時代へと進化しているのです。
■ 治療の“組み合わせ”が標準になる時代
これまでのがん治療は「手術で取る」「薬で抑える」「放射線で焼く」という分業的な考え方でした。
しかし、これからの時代は組み合わせの最適化が鍵です。
たとえば:
- 手術で腫瘍を小さくし、残存部に放射線を当てる
- 放射線で腫瘍を縮小させてから、化学療法で全身を治療する
- 免疫療法でがんを“眠らせた”後に、再発予防の照射を行う
こうした**“チーム医療+データ医療”**の形が全国で広がっています。
医師だけでなく、看護師・薬剤師・放射線技師・心理士など多職種が連携することで、
がん治療の質はさらに高まっていくでしょう。
■ これからのがん医療のキーワード
- 「短期間・低負担」治療の普及
寡分割照射(少ない回数の放射線治療)や日帰り化学療法が増加。 - 「地域格差の是正」
AIやオンライン診療で、地方でも都市部と同等の治療を。 - 「人生100年時代のがん治療」
完治だけでなく、「生活の質(QOL)」を守る医療へ。 - 「データとAIの活用」
診断・線量計画・薬剤選択がAIによって支援される。
■ まとめ:がんは“長く付き合う時代”に
かつて「がん=死の病」と言われた時代は、もう過去のものです。
今や早期発見と多様な治療選択肢によって、多くの人が社会生活を続けながら治療できる時代です。
放射線治療、手術、化学療法――それぞれの役割は明確に分かれつつも、
最終的には「その人に最も合う組み合わせ」を見つけることがゴールになります。
がんとともに生きる社会では、治療は“我慢”ではなく“選択”です。
医療技術の進歩が、患者一人ひとりの人生を支える力になる。
これからの10年は、まさにその変化を実感する時代になるでしょう。
※参考:国立がん研究センター「がん情報サービス」、厚生労働省「人口動態統計」、IARC(GLOBOCAN 2022)、JASTRO調査データより作成。


