乳がん術後照射:リンパ節転移1〜3個(N1)例の照射野と最新トレンド

― 日本ガイドライン2022年版に基づく実臨床の考え方 ―
乳がん治療は個別化されています。このコラムはあくまで一般的なガイドラインに記載されているものをまとめたものであり、自院の乳腺外科医と共同して最適放射線治療をしてください。
■ はじめに
乳がんの術後治療において、放射線治療(radiotherapy)は再発を防ぐための重要な柱です。
手術・薬物療法・放射線治療という三本柱のうち、放射線は局所再発を防ぎ、長期予後の改善にも寄与します。
特に「リンパ節転移を伴う乳がん」では、どこまで照射すべきか(照射野) が臨床上の大きな論点です。
今回は、リンパ節転移1〜3個(N1) という比較的中間リスクの患者さんに焦点を当て、
最新の日本乳癌学会ガイドラインと海外のエビデンスに基づき、現在のトレンドを整理します。
■ N1(1〜3個)転移例に対する術後放射線治療の考え方
リンパ節転移がある場合、一般的に再発リスクは上昇します。
ただし「4個以上(N2以上)」と「1〜3個(N1)」では、リスクの大きさも異なります。
🔹4個以上の転移(N2以上)
→ 術後放射線治療(特に胸壁+鎖骨上リンパ節領域照射=PMRT)は強く推奨。
これは、国内外のエビデンスで生存率の改善が確認されているためです。
🔹1〜3個の転移(N1)
→ ガイドライン上は「個別に検討」とされています。
日本乳癌学会『乳癌診療ガイドライン2022年版』では、
「腋窩リンパ節転移1〜3個陽性例におけるPMRTは、症例ごとに検討することを推奨する」
(CQ5より、推奨の強さ2:弱い推奨)
と記載されています。
つまり、「転移が1〜3個だから自動的に照射する」わけではなく、
以下のリスク因子を総合的に判断して適応を決める流れです。
■ 放射線照射の判断に影響するリスク因子
近年は、病理・分子生物学的な要素まで考慮されるようになっています。
| 分類 | リスク因子の具体例 |
|---|---|
| 腫瘍側 | 腫瘍径が大きい(T2以上)、LVI(リンパ管侵襲)陽性、外侵(ENE)あり、高グレード |
| 手術側 | 腋窩郭清リンパ節数が少ない、郭清が限定的 |
| 全身治療側 | 術前化学療法後の残存病変、内分泌療法またはHER2治療後の反応性 |
| 患者側 | 若年、閉経前、長期生存が見込まれる場合 |
これらが複数当てはまる場合は、局所制御目的で放射線治療を追加する価値が高いと判断されます。
■ 術後照射野(照射範囲)の基本構成
放射線治療では、「どこを照射するか」が重要です。
乳がんの術後照射には大きく以下の3つの領域があります。
- 乳房または胸壁
→ 温存術後では残存乳房を、全摘後では胸壁を照射。 - 鎖骨上窩リンパ節領域(Supraclavicular nodes)
→ N1〜N2症例では再発防止のために加えることが多い。 - 内胸リンパ節(Internal mammary nodes; IMN)
→ 腫瘍が胸骨近くや内側にある場合は追加を検討。
日本乳癌学会ガイドラインでは、
「腋窩リンパ節転移陽性例で、領域リンパ節照射またはPMRTを行う際、
内胸リンパ節を含めることを弱く推奨する(推奨の強さ2、エビデンスレベル弱)」
(CQ6)
としています。
■ 腋窩郭清後の放射線治療(Axillary Dissection後)
従来は「郭清した部位にも照射」が一般的でしたが、
現在は腋窩郭清が十分に行われている場合、腋窩照射は省略可とされています。
(BQ6参照)
その背景には、
- リンパ浮腫(むくみ)など上肢機能障害のリスク
- IMRTやVMATなど精密照射によるカバーの向上
などがあり、照射野の縮小・個別化が進んでいます。
■ 内胸リンパ節(IMN)照射をどうするか
内胸リンパ節(胸骨の裏側)は、再発部位として重要ながら、
照射すると心臓・肺への線量上昇という副作用リスクもあります。
そのため、
- 腫瘍が内側または中心寄りにある
- 腋窩転移が複数個ある
- MRIやPETでIMN領域に疑わしい所見がある
といった条件で「慎重に追加」する施設が増えています。
一方、腫瘍が外側乳房にある症例では、IMNを外しても再発抑制効果に差がないとする報告もあり、
**照射範囲の個別化(患者ごとに変える)**がトレンドです。
■ 最近の技術的トレンド
近年の放射線治療は、単に“当てる”時代から“守りながら当てる”時代に進化しています。
- 3D-CRTやIMRT、VMATによる線量最適化
- 呼吸同期照射(DIBH)による心臓線量低減
- **低分割照射(ハイパーフラクショネーション)**の導入
これらにより、副作用を最小限にしながら再発を抑える照射が可能になりました。
■ まとめ:一律から“個別最適化”へ
かつては「リンパ節転移があれば照射」という一律の考え方でした。
しかし現在では、
- 病理リスク
- 手術の質
- 全身治療の内容
- 患者の年齢・合併症・希望
これらを多職種で共有し、最適な照射範囲を話し合う時代です。
日本乳癌学会ガイドライン(2022年版)は、
「術後放射線治療の適応と範囲は個別に検討すること」
を明確に掲げています。
N1(1〜3個転移)症例はまさに“ボーダーライン”ですが、
リスクが重なる場合にはPMRTや領域リンパ節照射を積極的に行うことで再発を防げる可能性が高く、
一方で低リスク例では照射を省略し副作用を減らす選択も妥当です。
■ 終わりに
放射線治療の目的は「生存率を上げること」と同時に「生活の質を守ること」です。
照射範囲の最適化は、その両立をめざす最前線のテーマです。
術後放射線治療を受ける患者さんは、
「どの範囲を照射するのか」「その目的は何か」を
医師としっかり話し合い、納得して治療に臨むことが大切です。
📘参考文献:
- 日本乳癌学会『乳癌診療ガイドライン2022年版(治療編・放射線療法)』
- Poortmans PM et al. N Engl J Med 2015;373:317–327.
- Whelan TJ et al. J Clin Oncol 2015;33:1336–1340.
- NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology: Breast Cancer v4.2025
- 国立がん研究センター「がん情報サービス」乳がんページ

