前立腺癌のスペーサーと金マーカーは何のため?放射線治療医が教える2つの役割

前立腺癌のスペーサーと金マーカー、何のために使う?
前立腺癌の放射線治療では、最近よく耳にする2つの言葉があります。
「スペーサー」
そして、
「金マーカー」
です。
患者さんからすると、
「どちらも前立腺の放射線治療を正確にするためのもの?」
と思うかもしれません。
実は、この2つは役割が全く違います。
非常に簡単に言えば、
スペーサー
直腸を守るためのもの。
金マーカー
前立腺を正確に狙うためのもの。
です。
この2つを理解すると、前立腺癌の高精度放射線治療が一気に分かりやすくなります。
まず、なぜ前立腺癌の放射線治療は難しいのか?
前立腺は、放射線治療にとって少し厄介な場所にあります。
前立腺のすぐ後ろに、
直腸
があります。
そして前立腺は完全に固定された臓器ではありません。
膀胱に尿がたまる。
直腸にガスや便がたまる。
すると、
前立腺そのものが少し動きます。
さらに、照射中にも前立腺が動くことがあります。
つまり、
「CTで前立腺の位置を決めたから、毎回そこに照射すればいい」
という単純な話ではありません。
ここに、
IGRT(画像誘導放射線治療)
が重要になってきます。
金マーカーは「前立腺の目印」
そこで登場するのが、
金マーカー(fiducial marker)
です。
前立腺の中に小さな金のマーカーを数個留置します。
これをX線画像やCBCTなどで確認することで、
「今、前立腺はどこにあるのか?」
をより正確に判断できます。
つまり金マーカーは、
前立腺の位置を教えてくれるGPSのようなもの
と考えると分かりやすいでしょう。
皮膚のマークや骨盤の骨だけを基準にするよりも、前立腺そのものに入れたマーカーを見る方が、標的の位置を直接評価できます。
特にPTV marginを小さくしたり、SBRTのような少ない回数で高線量を照射したりする場合には、前立腺の位置を正確に把握することが非常に重要になります。金マーカーは皮膚や骨性指標より前立腺位置のよい代替指標となり、現在の前立腺IGRTで広く利用されています。
金マーカーを入れる最大のメリット
最大のメリットは、
「狙う場所を明確にできる」
ことです。
例えば、
計画CT
↓
金マーカーを基準に位置合わせ
↓
CBCT
↓
6DoF correction
↓
照射
というworkflowを構築できます。
特にSBRTでは、
1回あたりの線量が高い。
だからこそ、
「少しずれていても大丈夫」
ではなく、
毎回きちんと位置を合わせる
ことが重要になります。
実際、日本人518例を対象にした2024年の研究では、fiducial markerを用いたIGRT群では非IGRT群と比較して急性・晩期の一部有害事象が少なく、さらにmarginを縮小したIGRT群では一部の有害事象がさらに低下しました。生化学的無再発率を損なわずにmarginを縮小できたことも示されています。
つまり、
金マーカー → 正確に狙える → marginを適切に小さくできる → 正常組織への不要な線量を減らせる可能性がある
という流れです。
では、スペーサーは何をしているのか?
ここで登場するのが、
直腸スペーサー
です。
代表的なのが、
SpaceOAR
などのハイドロゲルスペーサーです。
前立腺と直腸の間にスペーサーを注入して、
物理的に距離を作ります。
つまり、
前立腺
↓
スペーサー
↓
直腸
という状態にする。
たったこれだけに見えます。
しかし放射線治療では、
この数mm〜1cm程度の距離が非常に大きな意味を持ちます。
なぜ「数mmの距離」が重要なのか?
放射線治療では、
距離が少し変わるだけで線量分布が変わります。
特に、
- IMRT
- VMAT
- SBRT
のように線量勾配を利用する治療では、
前立腺には十分な線量を入れながら、直腸の線量を下げる
ということが重要になります。
そこでスペーサーによって、
前立腺と直腸を離す。
すると、
直腸に入る高線量領域を減らしやすくなります。
実際、スペーサーを使用すると直腸のV50、V70などの線量指標が大きく低下することが、2026年のメタ解析でも確認されています。35研究、4,664例の解析では、V50が約52%、V70が約57%減少しました。
スペーサーの最大のメリットは「直腸毒性の低減」
前立腺癌放射線治療で患者さんが心配する副作用の一つが、
直腸・消化管の副作用
です。
例えば、
- 肛門出血
- 便意切迫
- 排便回数増加
- 肛門部の不快感
- 放射線直腸炎
などです。
スペーサーは、
直腸に入る放射線量を減らす
ことで、こうした有害事象を減らすことを目的としています。
ランダム化試験では、スペーサーによって直腸V70を25%以上減少できた患者が97.3%に達し、晩期直腸毒性の重症度低下や腸管関連QOLの改善も報告されています。
ただし、ここで重要なのは、
スペーサーを入れれば全ての重篤な副作用がなくなるわけではない
ということです。
2026年のメタ解析でも、消化管毒性全体は低下した一方、grade 2以上の重篤な晩期毒性については明確な差が確認されていません。
つまり、
「線量を下げる」ことと「重篤な臨床イベントを必ず減らす」ことは同じではない
のです。
これは放射線治療医として非常に重要なポイントです。
SBRTではスペーサーの価値がさらに分かりやすい
最近は前立腺癌でも、
SBRT
が普及しています。
例えば、
36.25 Gy / 5回
のような超寡分割照射です。
1回あたりの線量が高くなるほど、
直腸の高線量領域をどう減らすか
が重要になります。
SBRTにおけるスペーサーの研究でも、スペーサーによって直腸への線量が29〜56%程度減少したという報告があります。
つまり、
高線量化・少分割化が進むほど、スペーサーを使って正常組織との距離を作る意味が大きくなる
という考え方ができます。
ただし、スペーサーがすべてのSBRT患者に必須というわけではありません。
正常組織との位置関係、
前立腺の大きさ、
解剖学的条件、
治療計画、
使用するmargin、
IGRTの精度、
施設の経験
などを総合して判断する必要があります。
では「金マーカー+スペーサー」は何がすごいのか?
ここが今回の記事の一番重要なところです。
金マーカーとスペーサーは、
別々の問題を解決しています。
金マーカー
「前立腺を正確に狙う」
ためのもの。
スペーサー
「直腸を放射線から守る」
ためのもの。
つまり、
標的側の精度
と
正常組織側の安全性
を同時に高めるための技術です。
2つを組み合わせると治療workflowが変わる
例えば前立腺SBRTなら、
① スペーサー留置
前立腺と直腸を離す。
↓
② 金マーカー留置
前立腺の位置を示す目印を作る。
↓
③ CT+MRI
前立腺・精嚢・直腸などを評価。
↓
④ 治療計画
前立腺には十分な線量。
直腸にはできるだけ低い線量。
↓
⑤ 毎回IGRT
金マーカー+CBCTなどで位置確認。
↓
⑥ 6DoF correction
並進・回転を修正。
↓
⑦ SBRT
高線量を正確に照射。
このworkflowです。
実は「スペーサー」と「金マーカー」は相性がいい
スペーサーは、
正常組織を逃がす。
金マーカーは、
標的を追いかける。
この2つを組み合わせることで、
「狙うべきものは正確に狙い、避けるべきものは物理的に遠ざける」
という非常に合理的な治療戦略になります。
これこそ、
装置ではなく戦略
です。
スペーサーを入れたら金マーカーはいらない?
ここは少し面白いところです。
近年、CTで視認できるradiopaque hydrogel spacerを利用して、CBCTでスペーサーを位置合わせの目印として利用できないかという研究もあります。
2024年の研究では、41例・140分割を対象に、radiopaque hydrogel spacerによる位置合わせと金マーカーによる位置合わせを比較し、6方向の補正値に高い一致性が認められました。
将来的には、
「スペーサーそのものをIGRTの目印として使う」
というworkflowが広がる可能性があります。
ただし、これはまだ「金マーカーは不要」と言える段階ではありません。
施設の画像装置、
スペーサーのX線視認性、
CBCTの画質、
前立腺のsoft tissue visibility、
6DoF workflow
などによって事情が変わります。
金マーカーにもデメリットがある
金マーカーは非常に便利ですが、
「何もデメリットがない」
わけではありません。
留置には穿刺手技が必要です。
そのため、
- 出血
- 血尿
- 血便
- 感染
- 疼痛
- 非常にまれな重篤な感染症
などのリスクがあります。
特に挿入方法によって合併症が異なります。
2024年のメタ解析では、経会陰的な金マーカー留置は経直腸的アプローチと比較して、尿路感染症と直腸出血のリスクが低いことが示されています。
したがって、
「金マーカーだから安全」
ではなく、
「どのルートで、どのように留置するか」
まで含めて考える必要があります。
スペーサーにもデメリットがある
同じように、
スペーサーも万能ではありません。
注入手技そのものに伴う、
- 疼痛
- 出血
- 感染
- 炎症
- 誤った位置への注入
- 直腸壁への注入
などのリスクがあります。
さらに、
スペーサーは「入れれば同じ」ではありません。
どこに、
どれくらい、
どのように、
均一に、
入ったのか。
これが重要です。
2024年のSBRT研究でも、スペーサーの分布が良好な症例ほど直腸とPTVの分離が得られ、直腸線量の低下につながっていました。
つまり、
スペーサーは製品名だけではなく、留置技術と画像評価まで含めて考える
必要があります。
日本ではJASTROの適正使用指針も確認したい
日本で前立腺癌のスペーサーを使用する場合、
「海外で使われているから使う」
だけでは不十分です。
JASTROでは、
「前立腺がんに対する放射線治療におけるSpaceOARシステムの適正使用指針」
を公開しており、2026年3月17日に更新されています。
また、
ベリジェル(Barrigel)の適正使用指針
も2025年7月25日に公開されています。
施設で導入するときには、こうした国内の適正使用指針を確認しておくことが重要です。
「両方使う=必ず治療成績が良くなる」ではない
ここも強調しておきたいところです。
金マーカーもスペーサーも、
癌を直接治す薬ではありません。
金マーカーは、
位置精度を高めるためのツール。
スペーサーは、
正常組織の線量を減らすためのツール。
つまり、
「癌を小さくする」
ための治療そのものではなく、
放射線治療をより安全・正確に実施するための技術
です。
だからこそ、
患者選択とworkflow
が重要になります。
前立腺癌放射線治療の未来
今後はさらに、
MRI
↓
PSMA PET
↓
金マーカー
↓
スペーサー
↓
CBCT
↓
SGRT
↓
Adaptive RT
↓
SBRT
という技術が組み合わされていくでしょう。
しかし、
技術を全部使えばいいわけではありません。
重要なのは、
「この患者に何が必要なのか?」
です。
スペーサーを使うことで直腸線量を十分に下げられるのか。
金マーカーを使うことでmarginを適切に縮小できるのか。
MRIでsoft tissueを十分に評価できるのか。
CBCTで毎回正確に位置合わせできるのか。
それを考えて、
最も合理的なworkflowを組み立てる。
これが放射線治療医の仕事です。
まとめ
前立腺癌の放射線治療で使われる、
スペーサーと金マーカー。
一見すると似たような「治療前の処置」に見えます。
しかし、役割は全く違います。
金マーカー
前立腺の位置を正確に把握するための目印。
→ IGRTの精度向上
→ PTV marginの適正化
→ 正常組織への不要な線量低減
→ SBRTなど高精度治療を支える
スペーサー
前立腺と直腸の距離を物理的に広げる。
→ 直腸線量低減
→ 消化管有害事象の低減が期待できる
→ QOL維持
→ 高線量・少分割治療で正常組織を守る
そして、
金マーカー+スペーサー
なら、
「前立腺を正確に狙う」
と
「直腸をできるだけ避ける」
を同時に考えることができます。
これはまさに、
高精度ではなく患者利益。
単に「最新の器具を使う」のではありません。
何のために使うのか。
そして、
その技術によって患者さんにどんな利益が生まれるのか。
そこまで考えることが重要です。
装置ではなく戦略。
workflowがすべて。
理論と臨床は違う。
最後は人間。
参考文献
- Serizawa I, et al. Clinical and Dosimetric Comparison Between Non-image Guided Radiation Therapy and Fiducial-Based Image Guided Radiation Therapy With or Without Reduced Margin in Intensity Modulated Radiation Therapy for Prostate Cancer. Adv Radiat Oncol. 2024.
- Hong SS, et al. Transperineal versus transrectal prostate fiducial insertion in radiation treatment of prostate cancer: a systematic review and meta-analysis. Ultrasonography. 2024.
- Icht O, et al. The role of a radiopaque peri-rectal hydrogel spacer in aiding accurate daily image-guidance for prostate stereotactic radiotherapy. Front Oncol. 2024.
- Ohira S, et al. Relationship between hydrogel spacer distribution and dosimetric parameters in linear-accelerator-based stereotactic body radiotherapy for prostate cancer. J Appl Clin Med Phys. 2024.
- Hydrogel Spacer Application Technique, Patient Tolerance and Impact on Prostate Intensity Modulated Radiation Therapy: Prospective Multicenter Randomized Controlled Trial.
- Association of Perirectal Hydrogel Spacer Placement with Clinical Outcomes in Patients with Prostate Cancer Undergoing Radiotherapy: Systematic Review and Meta-Analysis. 2026.
- JASTRO「前立腺がんに対する放射線治療におけるSpaceOARシステムの適正使用指針」2026.
- JASTRO「前立腺がんに対する放射線治療におけるベリジェルの適正使用指針」2025.


