嚥下障害とは?

まず「嚥下障害(dysphagia)」がどんなものか、そして「晩期」というのが何を指すかを整理します。
嚥下障害の意味
嚥下とは、口腔 → 咽頭 →食道へと食塊や液体を安全に運ぶプロセス。頭頸部がん治療後、次のような影響があります:
- 飲み込みにくい(嚥下遅延、残留感)
- 誤嚥(食塊や液体が気道に入る)
- 食事量・体重低下、栄養障害
- 嚥下機能低下に伴う肺炎(誤嚥性肺炎)などの合併症
「晩期」に起こる嚥下障害
一般に、放射線治療(RT)による副作用は急性期(治療中〜数週~数ヶ月以内)と、慢性・晩期(数ヶ月〜数年後に発症・進行)に分けられます。頭頸部がんでは、治療後 2年・5年・それ以上 の時期に嚥下障害が顕在化・進行することが報告されています。 PubMed+1
この “晩期” 嚥下障害は、治療後比較的時間が経ってから出現するため、定期フォローや予防的リハビリテーションの観点からも重要です。


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なぜ放射線治療後に嚥下障害が起こるのか(線量の観点)
嚥下に関わる筋肉・神経・構造(咽頭収縮筋、喉頭蓋、輪状咽頭筋、舌骨周囲筋群など)=“嚥下関連構造”/“スワローイング OAR(organ-at-risk)”が、放射線治療(特に化学放射線併用)によりダメージを受け、時間を経て機能低下を起こします。主なメカニズムと線量との関係を整理します。
放射線による影響:構造・機能変化
- 筋・軟部組織の線維化(fibrosis)→可動性低下、弾性低下。 PMC+1
- 神経障害・筋萎縮(放射線での神経線維・筋細胞の損傷)。 PMC
- 血管・毛細血管障害 → 組織の低酸素・代謝低下・修復遅延。
- 徐々に進行する「収縮・硬化・萎縮」の連鎖 → 飲み込み機能が長期にわたり低下。 PubMed+1
線量・線量-容積の影響
以下、文献から嚥下障害と関連があると報告されている線量指標のポイントです。
- 論文では “咽頭収縮筋(pharyngeal constrictor muscles, PCM)”,“喉頭(larynx)”,“輪状咽頭筋(cricopharyngeus)” などが重要なスワローイング OARとして挙げられています。 PMC+2PubMed+2
- ある研究では、高齢・女性・infrahyoid部位(舌骨下部)への線量が長期嚥下障害と関連を示しています。 PubMed
- 線量‐容積(DVH)指標として「Mean Dose」「Vx(例えばV60Gy など)」「%volume receiving > x Gy」などが検討されています。例えば、「Mean dose to PCM が高いほど嚥下障害リスクが上昇」する報告あり。 PMC
- システマティックレビューでは、嚥下障害と関連する線量指標として「PCMのDmean」「喉頭のDmean」が繰り返し報告されています。 SpringerLink+1
具体的な数値目安(まだ確定ではないが目安となる)
線量の“しきい値”として明確に確立されてはいませんが、以下のような目安が文献中で示唆されています。
- 例:PCM の平均線量が 約 50 Gy以上 で嚥下障害リスクが上がったという報告あり(治療部位・技術・併用療法によって異なります) PMC+1
- 例:喉頭などのスワローイング構造に高線量(例:60 Gy近傍)をあてた場合、長期の嚥下機能低下・誤嚥・管栄養依存と関連あり。 PMC+1
- ただし、「口腔内OAR(例:舌、口蓋、下顎周囲)」だけではなく「中・下咽頭・喉頭・食道入口」まで範囲が広いため、治療計画時には“嚥下連関OAR”として複数構造を同時に意識する必要があります。
治療計画・IMRT時の配慮
- 最新の放射線技術(例:IMRT/VMAT)により、スワローイング関連構造の線量低減が試みられています。 PubMed
- 例えば、ターゲット(腫瘍+リンパ節)をカバーしつつ、「PCM・喉頭・食道入口などをできるだけ低線量域に収める」ことが推奨される設計戦略となっています。
- スワローイング障害の発症を予防・軽減するため、治療計画時に以下を検討:
- スワローイング構造を明確に輪郭付け(delineation)する。
- それら構造への線量を可能な限り低く設定(例えばMean Doseを目標値以下にする等)。
- リスクが高い患者(高齢、女性、体重低下リスク、併用化学療法施行例など)ではさらにこの配慮を強める。
- ただし、腫瘍制御の妥協は許されないため、「リスク低減 vs 制御率確保」のバランスが不可欠です。
臨床的インパクト・フォローアップのポイント
発症頻度・時期
- 治療から2年以上経過してから嚥下障害が明らかになるケースが少なくなく、「晩期効果」の典型と言われています。 PubMed+1
- ある研究では、5年経過時点で約 18 % の患者が嚥下機能低下を有していたという報告もあります。 PMC
- 嚥下障害があると、QOL(生活の質)低下、誤嚥・肺炎、栄養障害、体重低下といった合併症リスク増加につながります。
リスク因子
- 線量(上記スワローイング構造への高線量)
- 年齢が高い、女性である、体重低下・栄養状態が悪い、長期間の経管栄養(feeding tube)使用など。 PMC+1
- 腫瘍が咽頭・喉頭・食道入口に近い部位であること、リンパ節転移を含む大きな照射野であること。
- 併用化学療法、術後放射線併用例など、組織負荷・修復負荷が大きい治療。
フォローアップ&管理の観点
- 治療終了直後だけでなく、中長期(2年・3年・5年)にわたる嚥下機能モニタリングが重要です。
- 嚥下リハビリテーション、食事・水分摂取状況のチェック、体重・栄養状態の管理。
- 必要であれば嚥下造影(VF/MBS)や嚥下セラピー(スピーチ・言語療法)介入。
- 治療計画段階からリスク高めの患者には「予防的」介入を検討(嚥下筋トレーニング、早期リハ等)。
まとめ:線量を考慮した治療計画での “嚥下障害” 軽減戦略
- 頭頸部がん治療では、腫瘍制御のためにどうしても高線量域を設定せざるを得ないケースが多いですが、同時に スワローイング関連構造(PC M、喉頭、輪状咽頭筋など) を OAR として意識し、可能な範囲で線量低減を図ることが重要です。
- 「この構造にはできるだけ Mean Dose を○○Gy以下に抑える」、あるいは「Vx(例 V60Gy)を○%以下に」など、治療施設・プロトコルごとに線量目安を設けることが有用です(ただし汎用的な“安全しきい値”はまだ確立途上です)。
- 患者個別のリスク(年齢・栄養状態・併用治療など)を把握し、計画段階で “線量低減可能か?” “嚥下筋トレーニングと連携できるか?” を検討すると、長期の嚥下機能維持につながります。
- 治療後も長期フォローを行い、嚥下障害の兆候(例えば“食事時間が増えた”“むせる回数が増えた”“体重減少”)を放置せず、早期対応が望まれます。


