心臓をSBRTで治療する時代へ|良性疾患に広がる放射線治療の新しい可能性

良性疾患に対する放射線治療
ケロイド、翼状片、甲状腺眼症。そして今、最も熱い「心臓SBRT」
「放射線治療」と聞くと、多くの人が最初に思い浮かべるのは癌でしょう。
肺癌。
乳癌。
前立腺癌。
脳転移。
骨転移。
もちろん、放射線治療の中心は悪性腫瘍です。
しかし、放射線治療にはもう一つの顔があります。
それが、
良性疾患に対する放射線治療です。
「良性なのに放射線?」
そう思うかもしれません。
実際、放射線治療は癌細胞を殺すためだけの治療ではありません。
細胞増殖を抑える。
線維芽細胞の活動を抑える。
炎症を制御する。
異常な組織リモデリングを抑える。
こうした放射線の生物学的作用を利用すれば、癌ではない疾患にも治療効果を期待できます。
そして現在、この考え方をさらに大きく広げているのが、
心臓に対するSBRT
です。
正確には、
Stereotactic Arrhythmia Radioablation(STAR)
と呼ばれる治療です。
「心臓を放射線で焼灼する」。
まるでSFのようですが、すでに臨床研究として実際に行われています。
まず知っておきたい「良性疾患への放射線治療」
日本のJASTROにも「良性疾患の放射線治療ガイドライン」があります。
そこには、
- ケロイド
- 翼状片
- 内分泌性眼症
- デュピュイトラン拘縮
- 足底線維腫症
- 腱付着部炎
- 変形性関節症
- ペイロニー病
など、さまざまな疾患が掲載されています。
さらにドイツ放射線腫瘍学会(DEGRO)は、良性疾患に対する放射線治療についてS2eガイドラインを整備しています。
つまり、
「良性疾患への放射線治療」は決して突拍子もない治療ではありません。
一方で、癌に対する放射線治療とは考え方が違います。
癌では、
癌を制御するために、どれだけの線量をどこへ届けるか
が中心です。
良性疾患では、
症状を改善しながら、長期的な放射線リスクを最小限にする
ことがより重要になります。
したがって、
「効けばいい」ではありません。
長期予後を考えたリスク・ベネフィットの評価が必要です。
ケロイドに放射線?
良性疾患への放射線治療で、比較的よく知られているものの一つがケロイドです。
ケロイドは、皮膚の創傷治癒過程で線維芽細胞やコラーゲン産生が過剰になり、傷の範囲を超えて組織が増殖する疾患です。
治療では手術が行われることがあります。
しかし問題は、
再発です。
そこで、
手術+術後放射線治療
という考え方があります。
2022年のメタ解析では、28研究、3,128個の切除ケロイドを解析し、術後放射線治療後の再発率は全部位で約16%、耳では約11%でした。また、BEDが高いほど再発率が低下する傾向が示されています。
2025年に公表されたさらに大規模な系統的レビュー・メタ解析では、10,745病変を含む106研究が解析され、術後放射線治療はケロイド再発を低下させる有効な選択肢とされています。
つまり、
放射線=癌を殺す
だけではありません。
線維芽細胞の異常増殖を抑える
という放射線生物学を臨床応用しているわけです。
翼状片にも放射線?
眼科領域にも放射線治療があります。
代表例が、
翼状片
です。
翼状片は結膜組織が角膜方向へ増殖していく疾患です。
基本的には眼科的治療が中心ですが、再発予防目的で放射線が使われてきました。
特に歴史的には、
Sr-90(ストロンチウム90)β線
による術後照射が知られています。
ただし、現在の眼科診療では手術技術や他の補助療法も進歩しており、すべての翼状片に放射線を行うという話ではありません。
重要なのは、
「放射線は良性疾患にも生物学的効果を持つ」
ということです。
甲状腺眼症にも放射線
もう一つ、放射線治療医が知っておきたいのが、
甲状腺眼症(thyroid eye disease:TED)
です。
甲状腺眼症では、眼窩内組織や外眼筋に炎症・線維化が起こります。
ここで放射線治療が利用されます。
JASTROのガイドラインでは、眼窩後部への照射として、従来は2 Gy×10回、計20 Gy程度の治療が記載されています。
さらにDEGROの2022年S2eガイドラインでは、眼球運動障害が明らかな内分泌性眼症に対する抗増殖目的の放射線治療を推奨しており、エビデンスレベル2、推奨グレードBとしています。
2022年のAmerican Thyroid Association(ATA)とEuropean Thyroid Association(ETA)のコンセンサスでも、活動性・中等度~重度の甲状腺眼症で、特に進行性複視が主要症状の場合に放射線治療が選択肢となっています。
ここでも、
「癌を殺すための放射線」ではない
ことが分かります。
そして今、最も熱いのが「心臓SBRT」
ここから話が一気に変わります。
心臓です。
しかも治療するのは、
癌ではありません。
対象は、
難治性心室頻拍(ventricular tachycardia:VT)
です。
VTは、心筋梗塞や心筋症などで心筋に瘢痕・線維化ができ、その周辺に異常な電気回路が形成されることで起こることがあります。
重症例では、
- 抗不整脈薬
- ICD
- カテーテルアブレーション
などが行われます。
しかし、
何度カテーテルアブレーションをしてもVTが再発する
患者さんがいます。
ここに登場するのが、
Cardiac SBRT / STAR
です。
「心臓を放射線でアブレーションする」とは?
通常のカテーテルアブレーションでは、
カテーテルを心臓内部へ入れる
↓
電気生理学的検査
↓
異常な電気回路を同定
↓
高周波などで焼灼
という治療を行います。
一方、STARでは、
電気生理学的情報+画像情報
を使って、
「どこがVTの原因になっているのか」
を推定します。
そのターゲットに、
SBRTを1回で照射する。
現在、多くの研究で使われている代表的な処方は、
25 Gy / 1回
です。
RAVENTA試験でも20例全例に25 Gy/1回が投与されました。
どうやって心臓の「悪い場所」を見つける?
ここが、この治療の最大のポイントです。
単純に、
「心臓に25 Gy照射する」
わけではありません。
ターゲットをどう定義するかが極めて重要です。
例えば、
- ECG
- 電気生理学的マッピング
- 心臓MRI
- CT
- PET
- 心エコー
- 既往のカテーテルアブレーション情報
などを組み合わせます。
つまり、
マルチモダリティ画像+電気生理学
です。
そして治療計画CT上に、
VT substrate
を定義します。
これは、放射線治療医だけではできません。
循環器内科。
不整脈専門医。
放射線治療医。
医学物理士。
診療放射線技師。
多職種のworkflowが必要になります。
ENCORE-VTがこの分野を大きく変えた
心臓SBRTを語るうえで重要なのが、
ENCORE-VT
です。
これはEP-guided noninvasive cardiac radioablationのPhase I/II研究です。
標準治療に抵抗性を示すVT患者を対象に、SBRTによる非侵襲的radioablationを行いました。
この研究などによって、
「心臓の不整脈を放射線で治療する」
という概念が臨床研究として大きく前進しました。
ただし、ここは非常に重要です。
「ENCORE-VTが成功した=標準治療になった」ではありません。
患者選択。
ターゲット設定。
線量。
心臓の動き。
食道・肺・冠動脈などのリスク。
長期毒性。
これらについて、まだ研究が必要です。
RAVENTAは「本当に安全なのか?」を検証した
ドイツの多施設研究、
RAVENTA
も非常に重要です。
6大学施設で20例を治療し、全例でSTARを完遂しました。
25 Gy/1回が投与され、治療時間の中央値は16分でした。
1年時点で15例が評価され、そのうち14例でVT-freeとなり、追加治療を含めた局所的な有効性は73.7%と報告されています。
一方で、
3例が死亡し、
2例は心臓移植を受けています。
つまり、
「効く可能性がある」ことと「安全性が完全に確立した」ことは別問題です。
この領域では特に重要な視点です。
2025年ASTROでさらに面白いデータが出た
2025年のASTROでは、心臓radioablationが大きなテーマの一つとして扱われました。
ASTROはPresidential Symposiumで、
Cardiac Radioablation — Past, Present, and Future
を取り上げ、
- 患者選択
- target definition
- workflow
- standardization
- 非標的心臓組織への低線量散乱
- dose constraints
などが議論されました。
さらに、2025年ASTROでは、日本からもNagoya Universityのグループが、難治性VTに対する25 Gy/1回の前向きPhase I研究を発表しています。
3例という非常に小規模な研究ですが、心筋症を背景とした難治性VT患者に対して、電気解剖学的マッピングと造影MRIを治療計画CTに統合してターゲットを設定しています。
つまり、
日本でもこの領域はすでに研究段階に入っている
ということです。
2026年、日本の研究もさらに進んでいる
2026年には、日本からさらに重要な前向き研究が発表されています。
Tokai Universityなどの研究グループによる8例の前向き研究では、難治性VTに対してcardiac SBRTを行い、中央値2.2年のフォローアップが報告されています。
ICD shock suppressionは6か月で73.6%、1年で76.8%。
antitachycardia pacing suppressionは97.9%でした。
治療関連有害事象はGrade 1 nauseaが1例のみでした。
もちろん8例という小規模研究です。
しかし、
「一時的にVTが減った」
という段階から、
「長期的にどこまで不整脈を抑えられるのか」
を検討する段階へ進んでいます。
さらに面白いのは「なぜ効くのか?」
ここからが放射線生物学として非常に面白いところです。
最初は、
「高線量を当てるから、心筋が線維化して電気が通らなくなる」
と考えられていました。
もちろん、線維化は重要です。
しかし、それだけでは説明できない可能性があります。
放射線照射によって、
- connexin-43
- NaV1.5
- 電気伝導
- 自律神経
などに変化が起こる可能性が研究されています。
つまり、
「放射線=組織を破壊する」
だけではない。
「放射線=組織の電気生理学的性質を変える」
可能性があります。
2025年のSTAR-VT研究では、15 Gy程度まで線量を下げても有効なのかというdose de-escalationが研究されています。
これは非常に重要です。
なぜなら、
25 Gyを心臓に1回照射する
という治療を考えたとき、
「本当に25 Gy必要なのか?」
という問題が必ず出てくるからです。
放射線治療医の仕事が変わる
心臓SBRTで面白いのは、
「線量を決めて照射する」だけではない
ことです。
ターゲットを決める。
電気生理学的情報を理解する。
MRIを読む。
心臓の動きを考える。
冠動脈を避ける。
食道を避ける。
肺を守る。
線量分布を評価する。
そして循環器内科と議論する。
これは、
究極のworkflow型放射線治療
と言ってもいいでしょう。
装置ではなく戦略。
まさにこの考え方が必要です。
「心臓を照射する」ことの怖さも忘れてはいけない
一方で、ここは通常のSBRT以上に慎重である必要があります。
心臓には、
- 冠動脈
- 心筋
- 弁
- 刺激伝導系
- 心膜
があります。
そして患者さんは、
もともと重篤な心疾患を持っています。
そのため、
「VTが止まったから成功」
だけではありません。
数年後に、
- 冠動脈障害
- 心不全
- 弁膜症
- 心膜疾患
- その他の心毒性
が起こらないか。
長期フォローが必要です。
さらに、2026年の日本の研究でも、基礎心不全の重症度や照射部位、自律神経機能などが予後に関連する可能性が示されていますが、症例数が少なく、まだ仮説生成的な段階です。
では、心臓SBRTは「次の標準治療」なのか?
現時点では、
まだそうは言えません。
これが最も重要です。
現状では、
標準治療を置き換える治療ではなく、標準治療が困難な非常に選択された難治性VT患者に対する研究的・救済的治療
という位置づけで考えるのが妥当です。
ASTRO自身も、患者選択、ターゲティング、motion management、カテーテルアブレーションとの比較など、まだ多くの課題が残っているとしています。
だからこそ面白い。
まだ完成していないからです。
良性疾患への放射線治療は「昔の技術」ではない
ケロイド。
翼状片。
甲状腺眼症。
これらを見ると、
「良性疾患への放射線治療は昔からある技術」
と思うかもしれません。
しかし、
心臓SBRTはまったく違います。
ここでは、
MRI
×
CT
×
電気生理学的マッピング
×
AI・画像解析
×
SBRT
×
IGRT
を組み合わせています。
つまり、
最先端の放射線治療技術が、癌ではない疾患に投入され始めている
のです。
放射線治療の未来は「癌だけ」ではない
これからの放射線治療医に必要なのは、
「癌をどう照射するか」
だけではないのかもしれません。
異常な線維化。
異常な炎症。
異常な電気回路。
異常な神経回路。
異常な組織リモデリング。
こうしたものを、
放射線でどう制御するか。
これが新しい研究領域になります。
実際、ASTROも2024年の教育プログラムで、良性疾患としてVT、足底筋膜炎、Dupuytren/Ledderhose病、変形性関節症などを取り上げ、放射線の生物学的作用と実際の治療workflowを紹介しています。
つまり、
「放射線治療=癌治療」
という時代から、
「放射線治療=異常な生物学的プロセスを制御する治療」
へ広がっているのです。
まとめ
良性疾患への放射線治療は、決して「癌がないから放射線を使わない」という単純な話ではありません。
ケロイドでは、
線維芽細胞・コラーゲン産生を抑える。
甲状腺眼症では、
炎症・リンパ球・線維化を制御する。
翼状片では、
術後再増殖を抑える。
そして心臓SBRTでは、
異常な電気回路を放射線によって制御する。
特に心臓のSTARは、
放射線治療 × 循環器 × 電気生理学 × MRI/CT × SBRT
という、非常にユニークな領域です。
25 Gy/1回という高線量を心臓の一部に照射し、難治性VTを抑える。
まさに、
「放射線で心臓をアブレーションする」
時代が始まっています。
ただし、
まだ標準治療ではありません。
症例数も少なく、長期毒性も含めて検証が必要です。
だからこそ、放射線治療医が今から知っておく価値があります。
これからの放射線治療は、
「癌を焼く技術」
だけではありません。
異常な細胞増殖を抑える。
異常な炎症を制御する。
異常な線維化を抑える。
そして、
異常な電気回路を変える。
放射線治療の可能性は、癌という病名の外側へ広がり始めています。
装置ではなく戦略。
workflowがすべて。
高精度ではなく患者利益。
そして、まだ標準になっていない治療ほど、慎重にエビデンスを読む。
理論と臨床は違う。
最後は人間。
③ 参考文献
- JASTRO. 良性疾患の放射線治療ガイドライン.
- DEGRO. S2e Guideline: Radiotherapy of Benign Diseases. Update 2022.
- Burch HB, et al. Management of Thyroid Eye Disease: A Consensus Statement by the American Thyroid Association and European Thyroid Association. Thyroid. 2022;32:1439-1470.
- Effect of the biologically effective dose of electron beam radiation therapy on recurrence rate after keloid excision: A meta-analysis. Radiother Oncol. 2022.
- Miles OJ, et al. Chest keloids: effect of surgical excision and adjuvant radiotherapy on recurrence: a systematic review and meta-analysis. ANZ J Surg. 2021.
- Cuculich PS, et al. Noninvasive Cardiac Radiation for Ablation of Ventricular Tachycardia. N Engl J Med. 2017.
- RAVENTA investigators. Radiosurgery for ventricular tachycardia: final results of a German multicenter multiplatform feasibility trial. EP Europace. 2025.
- ASTRO. Cardiac Radioablation for Ventricular Tachycardia.
- ASTRO 2025. Stereotactic Radioablation to Ventricular Tachycardia: Prospective Phase I Study in Asian Country.
- Kabuki S, et al. Prospective Clinical Outcomes of Cardiac Stereotactic Body Radiotherapy for Refractory Ventricular Tachycardia. Circ J. 2026.
- STAR-VT. Interim efficacy analysis of phase 2 dose-de-escalation trial of stereotactic arrhythmia radioablation. EP Europace. 2025.
④ CTA
放射線治療は、もう「癌だけの治療」ではありません。
良性疾患への放射線治療を導入したい。
心臓SBRT/STARについて詳しく知りたい。
循環器内科と放射線治療科で新しい研究を始めたい。
MRI・CT・電気生理学的マッピングを組み合わせた治療workflowを構築したい。
SBRTを新しい領域へ展開したい。
そんな施設・研究者にとって、心臓SBRTは今後数年間で非常に重要な研究テーマになる可能性があります。
特に重要なのは、
「心臓に25 Gyを当てる技術」ではありません。
本当に難しいのは、
「どこに、なぜ、どの線量を、どうやって安全に照射するのか」
を決めることです。
そこには、放射線治療医だけでなく、循環器内科、電気生理学、医学物理、画像診断、診療放射線技師の知識が必要になります。
これはまさに、
装置ではなく戦略。
workflowがすべて。
という放射線治療の新しい領域です。


