骨転移に対する緩和放射線治療の最前線:変化する戦略と最新エビデンス

がん患者の約7割が最終的に転移を経験し、その中でも骨転移は特に頻度が高く、疼痛や骨折、神経圧迫などQOL(生活の質)を著しく損なう合併症を引き起こします。こうした症状に対し、**緩和的放射線治療(Palliative Radiotherapy)**は、非侵襲的かつ即効性のある治療手段として長年活用されてきました。
しかし、ここ数年、緩和照射をめぐる戦略には大きな転換点が訪れています。本稿では、2025年現在のエビデンスと臨床の現場での変化をふまえ、**骨転移に対する放射線治療の“いま”**を詳しく解説します。
1. なぜ今、「緩和放射線治療」が再注目されるのか?
近年、抗がん剤、免疫チェックポイント阻害薬、分子標的治療といった全身治療の進化により、がん患者の生存期間は大きく延伸しました。かつては余命数ヶ月だった進行がん患者も、1年・2年を越える生存が当たり前の時代になりつつあります。
その結果、緩和治療の意味合いも変化しています。
- ❌「余命わずかだから痛みだけを和らげる」
- ✅「QOLを守りつつ、中長期的に骨転移の進行を防ぐ」
この視点の変化が、放射線治療においても照射線量、分割数、適応範囲の見直しへとつながっています。
2. 1回照射 vs 多分割照射:今なお議論される線量設定
● 伝統的な緩和照射の代表
- 1回8Gy単独照射(single fraction)
- 5回20Gy、10回30Gyなどの多分割
● 近年のエビデンス
- **ランダム化比較試験(Bone Pain Trial)**では、痛みの緩和効果は「単回8Gy」でも「10回30Gy」でもほぼ同等。
- ただし、「再照射率」や「長期的な局所制御」は多分割のほうが優れていた。
● 現在の推奨(2025年版ASTROガイドライン抜粋)
- 余命が短い、または移動困難な患者には単回照射(8Gy)を推奨。
- 長期生存が期待される患者や体幹部病変では、10回30Gyや5回20Gyなどの多分割照射を第一選択に。
3. 脊椎転移への対応:定位照射(SBRT)の台頭
脊椎骨転移では、麻痺や脊髄圧迫の回避が極めて重要です。従来は単回または10回の2D/3D照射が中心でしたが、**定位放射線治療(SBRT:Stereotactic Body Radiotherapy)**の登場により、治療方針が変化しています。
🔍 SBRTの特徴
- 1回8Gy×3〜5回(最大24〜30Gy)をミリ単位の精度で病変に集中照射
- 脊髄や腸管などの臓器を厳密に保護
- 通常の緩和照射と比較して局所制御率が飛躍的に改善(2年局所制御率70〜90%)
🚨 SBRTの注意点
- 照射部位の明確な画像評価(MRI併用)
- 事前に外科医と協議し、骨折リスクや手術の適応も検討
- 照射後の脊髄壊死や骨脆弱性への対応も必要
4. 骨折リスクのある骨転移への照射戦略
照射によって骨は一時的に脆弱になり、放射線誘発性骨折(radiation-induced fracture)が発生することもあります。とくに大腿骨や骨盤などの荷重骨病変では、照射の前に整形外科的な支持(髄内釘、骨セメント)を検討することが推奨されています。
さらに2020年代には、放射線の線量や分割数に応じて骨折リスクをスコア化するツール(Spine Instability Neoplastic ScoreやSINSスコア)も導入され、治療選択の重要な指標となっています。
5. 骨転移緩和照射における今後の展望
✅ AI・画像誘導照射(IGRT)
- 腫瘍体積の変化に応じたAdaptative RT
- 呼吸性移動を補正する動態追尾照射
✅ 放射線と免疫治療の併用
- 骨転移への照射により腫瘍抗原が全身免疫を活性化する“アブスコパル効果”が報告され、免疫チェックポイント阻害剤との同時併用プロトコルが注目。
✅ 緩和医療との連携強化
- 放射線治療医、緩和ケア医、整形外科医、がん看護師によるチーム医療がますます重要に。
🎯 まとめ
| 項目 | 従来型 | 現代のアプローチ |
|---|---|---|
| 緩和照射 | 8Gy単回または10回 | SBRTや分割選択が個別化 |
| 脊椎病変 | 2D照射が主流 | SBRTで高精度制御 |
| 骨折対策 | 事後対処型 | 事前の骨強度評価と整形外科連携 |
| 医療体制 | 単科管理 | 多職種連携・AI画像解析活用 |
💬 おわりに
かつて「苦痛を和らげるだけ」と考えられていた緩和放射線治療は、今や「QOLと長期制御を両立する科学的治療」へと進化を遂げました。
特に骨転移の放射線治療戦略は、予後の改善・痛みの緩和・機能温存という全方位の臨床目標に対応しながら進化し続けています。
これからの放射線治療は、患者の背景・予後・解剖学的条件に応じた**“個別化緩和治療”**がキーワードです。放射線技師や看護師を含むチーム全体で、この進化を支えていきましょう。


