骨転移に8Gy単回照射で本当に十分か?

国際ガイドラインと日本の診療報酬の狭間で揺れる放射線治療
がんの骨転移は患者のQOL(生活の質)を大きく損なう病態の一つです。疼痛や麻痺、骨折リスクを伴い、緩和ケアにおける放射線治療の重要性は言うまでもありません。
なかでも議論が続いているのが、「8Gy single fraction(単回照射)」が本当に十分かどうか、という点です。Radiotherapy and Oncologyなどの海外ガイドラインでは、「痛みの緩和」を主目的とする場合に8Gy単回照射は高い有効性と実用性が認められています。しかし、日本国内ではこのアプローチが十分に普及しているとは言い難く、背景には診療報酬制度という現実的な課題が横たわっています。
海外ガイドラインにおける8Gy単回照射の立ち位置
骨転移の緩和照射において、複数のRCT(ランダム化比較試験)やメタアナリシスにより、以下が支持されています。
- 単回照射(8Gy)と多分割照射(20Gy/5回、30Gy/10回など)で疼痛緩和効果は同等
- 再照射の頻度は単回照射の方がやや高い
- 通院回数の少なさと医療資源の有効活用というメリットがある
とくに高齢者や末期がん患者では、短期間での症状緩和と負担軽減が求められ、8Gy単回照射は理にかなった選択肢です。
しかし日本では「やりにくい」単回照射
理論的・エビデンス的には有効であるにもかかわらず、日本では「8Gy単回照射」が広く行われていません。その最大の要因が、診療報酬制度です。
診療報酬点数の現実
- 1回の治療で算定できる加算が限定的
- 単回照射では装置使用料(放射線治療管理加算等)・治療技術料(高精度放射線治療料など)の減算が実質的に大きい
- 一方で複数回(5回や10回)の方が医療機関としては収益が安定
このような制度設計のもとでは、「患者のため」と「施設経営のため」が必ずしも一致しない構造ができあがってしまっているのです。
患者の利益と制度の整合は可能か?
ここで考えるべきは、「短期的な施設収益」よりも「患者QOLと医療全体の効率化」という視点です。
- 高齢がん患者にとって、1回で完結する治療は通院負担が小さい
- 終末期ケアでは、長期治療がむしろQOL低下のリスクになる
- 医療資源(リニアック、スタッフ、予約枠)の最適化にもつながる
こうした観点から、欧米では「短期・単回照射」をベースにした治療戦略が主流となってきています。
放射線治療ガイドラインと日本の現状
Radiotherapy and Oncology誌の報告や、International Journal of Radiation Oncology Biology Physics(Redmondらのガイドライン)では、骨転移の局所制御における放射線治療の役割がより積極的に再定義されてきています。
とくに以下のような要素が示されています:
- SBRT(定位放射線治療)による局所制御の有効性
- 脊椎骨転移に対する術後照射のCTV/PTV定義の統一
- 疼痛緩和以上に「局所進行・麻痺予防」も照射目的となる傾向
一方で、日本では**骨転移=緩和治療=10回(30Gy)**という慣習が根強く、エビデンスと乖離が生じています。
今後の展望:診療報酬の見直しと多様な照射戦略の選択
診療報酬制度は、医療のあり方を左右する大きな要素です。骨転移治療においても、「単回照射」「多分割照射」「SBRT」など、患者の状態に応じて多様な選択が可能となるべきです。
現在の制度では、
- 単回照射の収益性が低すぎる
- それが臨床現場での選択を歪めている
という状況に対し、エビデンスベースの政策的見直しが急務です。
まとめ
骨転移に対する8Gy単回照射は、エビデンスとしては明確に支持されている選択肢です。にもかかわらず日本で普及しない背景には、「制度」と「実態」の乖離が存在します。
医療の目的は「患者に最も適した治療を届けること」。その理想と現実のギャップを埋めるためには、診療報酬制度の再設計と、臨床医の意識改革の両輪が必要です。
参考文献:
- Redmond KJ et al. Consensus Contouring Guidelines for Postoperative SBRT for Spine Metastases, Int J Radiat Oncol Biol Phys, 2017
- WHO, IAEA. Palliative Radiotherapy for Bone Metastases: EBRT Guidelines
絶対知っておきたい緩和照射(日本放射線腫瘍学会編)はこちら
https://www.jastro.or.jp/medicalpersonnel/palliative/kanwa-renkei/images/kanwa_renkei_koujirei.pdf