日本製・放射線治療機器の変遷

―「国産初のリニアック」から“現在”までを時系列でたどる―
「放射線治療装置=バリアン/エレクタ」という印象が強い一方で、日本にも**“国産のリニアック(直線加速器)”**の歴史があります。しかもその歴史は、単に装置の性能競争ではなく、日本の医療制度、病院運用、産業構造と一体で動いてきました。
ここでは、国産初のリニアックから現在までを、なるべく“現場の空気”がわかるように整理します。
0. 前史:日本の放射線治療装置はX線から始まった(〜1960年代前半)
リニアック以前、放射線治療は高電圧X線装置やコバルト装置が中心でした。日本でも早い段階から治療装置の開発が進み、たとえば1922年に島津製作所が200 kVpの治療装置を開発し九州大学に納入した、という記載があります。
(※これは“リニアック”以前の時代背景として)
1. 日本のリニアック元年:まずは輸入機が入った(1964)
日本で最初期に導入されたリニアックは、まず輸入機でした。
1964年、日本電気(NEC)が米国Varian社製 6 MeV「Clinac-6」を国立がんセンターに納入したことが「本邦の第1号機」としてまとめられています。
ここが重要ポイントで、当時は「国産」より先に、“高エネルギー治療を国内で実装する”ことが最優先だった、ということです。
2. 国産初の医療用リニアック:三菱重工×島津で完成(1966)
そして、国産化が始まります。
同じ資料で、国産製品としては1966年に三菱重工が島津製作所と協力して医療用リニアックを完成したと明記されています。
この時代のキーワードは「作る」こと自体が挑戦。
真空、マイクロ波、高電圧、機械精度、線量安定性…今でいうQA/QCの“土台作り”が本丸でした。
3. 「国産機が臨床で回り始めた」時代(1970年前後〜)
国産初期機の臨床導入として象徴的なのが、1970年に報告されたケースです。
三菱重工製の6 MeV医療用リニアックが愛知県がんセンターに設置され、国産初のこのタイプの装置として性能・安定性が報告されています。
この頃から、日本でもリニアックが「研究機」ではなく日常臨床の装置になり、線量・機械精度・安定性の議論が“臨床運用の言葉”に変わっていきます。
4. 高精度化の波:IMRT・IGRTへ(1990年代後半〜2000年代)
90年代後半〜2000年代にかけて、世界的に治療は
- 3D-CRT → IMRT
- 画像誘導(IGRT)
- 呼吸性移動への対策
へ進み、「ただの加速器」から「統合治療システム」へ変わります。
このフェーズで日本メーカーが“世界に刺さる個性”として出してきたのが、次の系統です。
5. 国産の“尖った到達点”:Vero4DRT(追尾照射)という挑戦(2011〜)
日本発の特徴的なリニアックとして有名なのがVero4DRTです。
三菱重工は、先端医療センターに納入したMHI vero 4DRT(販売名:線形加速器システムMHI-TM2000)で、呼吸などで動く腫瘍をリアルタイム追尾しながら照射する治療が開始されたことを2011年に発表しています。
(“動く腫瘍に当て続ける”という思想は、まさに高精度放射線治療の核心です)
6. “現在”:国産リニアック事業は再編へ(2017〜)
一方で市場全体としては、リニアックはグローバル大手が強い領域です。
その中でVero4DRTの事業も再編が起き、日立が2017年に三菱重工のX線治療装置事業を継承し、Vero4DRTを扱っている旨が日立のニュースリリースに記載されています。
つまり現在の日本は、リニアックだけで見ると「国産が主流」というより、
- リニアック:海外大手が中心(+国産は特徴領域で存在感)
- 粒子線(陽子線・重粒子線など):日本企業の強みが大きい
という構図になりやすい、というのが実態です。
なぜ「国産リニアック」が主流になり切らなかったのか(超要点)
ここは読者が一番知りたい部分なので、結論だけ。
- 市場がグローバル寡占になりやすい(装置+TPS+OIS+QAまで“総合力”勝負)
- 仕様の進化が速く、開発投資が巨大
- 台数が限られ、国内だけでは規模の経済が効きにくい
- 病院側は「装置そのもの」より、実は **運用(保守・部品供給・教育・アップグレード)**を重視する
だから日本メーカーは、全部を正面から取りに行くより、
追尾・動体・粒子線・周辺機器・ワークフローなど、“勝てる土俵”に集中して強みを作る方向に進みました。
まとめ:日本製リニアック史は「国産化 → 臨床運用 → 高精度の尖り → 事業再編」という流れ
- 1964:日本最初期のリニアック導入(Varian Clinac-6をNECが国立がんセンターへ)
- 1966:国産初の医療用リニアック(三菱重工×島津で完成)
- 1970:国産6 MeVリニアックの臨床導入・安定性報告(愛知県がんセンター)
- 2011:Vero4DRTで追尾照射の“国産の尖り”
- 2017〜:日立が事業継承し、現在の体制へ

